令和3年度 秋期 システム監査技術者試験 午後Ⅰ 問2 営業支援システムの再構築計画における企画段階のリスクと監査
学習ガイド
中堅の保険会社であるB社が、ハードウェアのサポート切れが近い営業支援システムを再構築する計画を、企画段階で監査する問題です。投資の決裁権限者の参画、ビジネス目標を踏まえた再構築方式の評価、要件定義書に“現行どおり”と書く計画のリスク、クラウド基盤に依存する事項の検討が問われます。予備調査で分かった事実と表2のリスク・コントロールを照らし合わせて、監査部が確かめたい内容を絞り込みます。
この記事で押さえる論点
- システム投資の規模に応じた決裁権限者がプロジェクト運営に参画する重要性を説明できる
- 再構築方式の評価項目に、コストだけでなく経営陣のビジネス目標を含める理由を述べられる
- 既存システムの仕様を熟知する人材が不在の場合に、要件定義や設計、テスト工程で生じるリスクを説明できる
- クラウドサービスなど新しいシステム基盤への移行時に検討すべき非機能要件を述べられる
出題情報
- 出題
- 2021(R3)秋 システム監査技術者 午後I 問2
- 配点
- 50点満点
- 模範解答
- 公表(設問ごとに掲載)
出題趣旨・採点講評(IPA 公表)
情報システムのハードウェアの老朽化やOSのサポート切れなどの課題を契機として,システムの再構築に取り組むことはどの組織でも起こり得る。再構築計画においては,どのような技術を採用するか,どのようなハードウェアやサービスを選択するか,既存の資産をどこまで活用するかなど,検討すべき項目は多岐に渡る。そのため,検討に当たっては,関連する部門は何らかの形で参画する必要がある。
本問では,システム再構築プロジェクトの企画段階の監査を題材として,システムの企画段階でのリスク及びコントロールを理解し,コントロールの適切性を確認するための監査手続を選択して監査を実施する能力を問う。
問2では,システム再構築プロジェクトの企画段階の監査を題材に,再構築方式の選択に関連した企画段階でのリスク,コントロール,及びコントロールの適切性を確認するための監査手続について出題した。全体として正答率は平均的であった。
問題本文
問2 システム再構築プロジェクトの企画段階の監査に関する次の記述を読んで,設問1〜4に答えよ。
B社は,中堅の保険会社である。B社の情報システムは,構築時から長い間利用して老朽化しているシステムが多いので,3年ほど前から順次再構築を実施し,基幹系システムの再構築がほぼ終了した。次に,周辺システムのうち,ハードウェアのサポート切れが近づいている営業支援システムを再構築することになり,新たに“営業支援システムの再構築プロジェクト”(以下,当プロジェクトという)を立ち上げ,プロジェクト計画書(以下,計画書という)を作成したところである。B社の営業支援システムは,モバイルPCの活用を進めた十数年前に構築され,新商品への対応や利便性の向上のために,何度も改修が行われてきた。
これまで,B社の再構築プロジェクトでは,開発期間の長期化や予算の超過などの事例が幾つか発生している。そこで,監査部では,当プロジェクトを監査対象として,再構築計画の適切性についてシステム監査を実施することにした。
〔当プロジェクトの体制〕
当プロジェクトは,システム部で営業支援システムの保守を担当しているT課長がプロジェクトマネージャ(以下,PMという)を務めており,システム部のメンバ3名を含めたシステム化検討チームが計画書をまとめている。また,利用部門の代表である営業統括部のS課長とメンバ2名が,業務チームとして業務要求の取りまとめを行っている。
当プロジェクトは,毎月,PMが検討の状況をプロジェクト運営委員会に報告している。プロジェクト運営委員会は,営業担当役員,システム担当役員,営業統括部長,システム部長及びシステム企画課長で構成されている。
〔再構築計画の検討状況〕
B社では,これまでの基幹系システムの再構築で実施された手順を整理した“再構築実施要領”が作成されている。当プロジェクトは,この“再構築実施要領”に従い,次のように営業支援システムの再構築計画について検討を進めた。
(1) 現行システムの調査・分析
システム化検討チームは,現行の営業支援システムの基本設計書を基に機能一覧を整理した。
(2) 新システムの業務要求の洗い出し,優先順位付け
業務チームは,主な営業店や本社部門の各部にヒアリングを行い,再構築する営業支援システムの業務要求を“業務要求一覧”としてまとめた。利用部門の担当者からは,現行システムに大きな不満はなく,業務を大きく変えるようなシステム機能の変更は避けてほしいという意見が多かった。
(3) 再構築方式の検討
“再構築実施要領”には,標準的に定めた3方式の中から評価項目を定めて評価した上で,最適な方式を選択することが定められている。再構築方式の概要は,表1のとおりである。

図の説明テキスト
| 方式 | 説明 | メリット | デメリット |
|---|---|---|---|
| リホスト | 現行のソースプログラムをそのまま利用し,クラウドサービス上のシステム基盤に構築する。 | ・短期間,低コストで再構築が実施できる。 | ・新たな業務仕様の取込みは困難である。 |
| リライト | 業務仕様をそのまま利用し,クラウドサービス上のシステム基盤に適合した言語に現行のソースプログラムを置き換える。 | ・新言語への書換えは,過去のツールが活用でき,比較的短期間,低コストで再構築が実施できる。 | ・新たな業務仕様を取り込もうとすると,追加コストが発生する。 |
| リビルド | 業務仕様を変更し,クラウドサービス上のシステム基盤に適合した言語で新しくソースプログラムを作成する。 | ・新たな業務仕様を実現できる。 | ・業務仕様の検討やテストに大きな工数が掛かり,高コストになる。 ・開発期間は,ほかの方式より長くなる。 |
〔予備調査の結果〕
監査部では,当プロジェクトで作成された計画書を閲覧し,内容が不明な点や記載が曖昧な箇所について,T課長にインタビューして確かめた。その結果,次のことが分かった。
(1) 営業支援システムの主管部署は営業統括部であるが,現行システム構築時の担当者は退職しており,営業統括部やそのほかの利用部門には,営業支援システムの業務機能の全体を把握している従業員がいない状況である。また,現行システムの開発を担当したベンダも既に保守業務から撤退し,現在は別のベンダが保守を担当している。しかも,保守用のドキュメントが不足しており,システム部にもシステム全体を理解している担当者がいない状況である。
(2) 業務チームがまとめた“業務要求一覧”は,現行システムに対する改善要望が中心なので,現行システムから変更不要な機能については,“現行どおり”と記載されている。
(3) 基幹系システムの再構築プロジェクトの実施時,経営陣からはコストの最適化を求められていた。一方で,営業支援システムは,今後B社の重要な戦略を担うシステムであり,特に,対面販売を代替することができる営業支援システムの実現を早期に達成する,というビジネス目標が,経営陣から提示されている。
(4) B社のシステム構築に関わる規程の中に“システム投資規程”があり,予算額に応じた決裁権限者などが定められている。
(5) 業務チームの検討結果を踏まえ,当プロジェクトは,リライト方式を選択してクラウドサービス上のシステム基盤に新システムを構築する方針で計画書を作成し,プロジェクト運営委員会への提出書類を準備中である。
〔本調査の計画〕
予備調査の結果を踏まえ,監査部では,本調査の監査手続書を作成するために,当プロジェクトの企画段階でのリスク及びコントロールを表2のようにまとめた。

図の説明テキスト
| 項番 | 監査の観点 | リスク | コントロール |
|---|---|---|---|
| ① | 企画段階での体制の妥当性 | ・IT投資の意思決定に必要な情報が意思決定権をもつ者に適時に集約されない。 | ・プロジェクト運営委員会にIT投資の意思決定権をもつ者が参画している。 |
| ② | ビジネス目標に合致したシステム再構築計画の妥当性 | ・コストを必要以上に削減した結果,ビジネス目標に合致しないシステムになる。 | ・コスト削減だけでなく,様々な角度から評価して再構築方式を決定している。 |
| ③ | 要件定義の妥当性 | ・設計工程:ア ・テスト工程:テストが計画どおりに進捗せず,品質低下やスケジュール遅延を引き起こすおそれがある。 |
・残すべき現行機能を明確にして合意を得るプロセスを要件定義工程で計画・実施している。 |
| ④ | 企画段階の検討範囲の十分性 | ・新しいシステム基盤に依存する事項について検討漏れがあり,開発段階で追加コストが発生する。 | ・有識者によるプロジェクト計画のレビューを実施している。 |
監査部で検討している本調査の概要は,次のとおりである。
(1) 表2項番①について,プロジェクト運営委員会のメンバと,“システム投資規程”の決裁権限者とが整合しているかどうかを確認する。
(2) 表2項番②について,計画書の内容を見ると,コストに関する記述が中心で,再構築方式を決定するまでの検討が不十分ではないかという懸念がある。そこで,リスクに対応したコントロールが当プロジェクトの中で適切に検討されているかどうかを確認する。
(3) 表2項番③のリスクについて,計画書の内容を見ると,“現行を踏襲する”機能については,要件定義書にも具体的な要件は記載せず,“現行どおり”と記載する計画になっている。〔予備調査の結果〕(1)で判明した事実を考慮すると,設計工程及びテスト工程で問題が発生するリスクがある。
(4) 表2項番④について,リライト方式の具体的な手段として,現行のCOBOLから新しいシステム基盤の構築言語であるJavaへの変換ツールの採用が検討されている。このツールは,基幹系システムの再構築時に利用したもので,生産性向上が見込めるものである。ただし,システムを稼働させるためには,ソースプログラムの変換だけでなく,新しいシステム基盤であるクラウドサービスの機能に依存する事項の検討が十分かどうかを確認する。
設問と解答・解説
設問1
〔本調査の計画〕(1)について,監査部が確認しようとしている具体的な内容を50字以内で述べよ。
模範解答
予算規模に応じたIT投資の責任者がプロジェクト運営委員会のメンバとして参画していること
採点基準
- 5点: 「予算(規模)に応じた決裁権限者(あるいはIT投資の責任者など)」といった要素が含まれている。
- 0点: 上記の要素が含まれていない。
- 5点: 「プロジェクト運営委員会のメンバとして参画していること」といった趣旨が論理的に構成されている。
- 0点: 上記の要素が含まれていない、または文脈として不自然である。
解説
〔本調査の計画〕(1)では、監査部が表2項番①について、「プロジェクト運営委員会のメンバ」と「“システム投資規程”の決裁権限者」の整合性を確認しようとしていることが示されています。
これに関連する事項は以下の通りです。
- 〔予備調査の結果〕(4)より、B社の「システム投資規程」には、予算額に応じた決裁権限者が定められています。
- 表2項番①のコントロールには、「プロジェクト運営委員会にIT投資の意思決定権をもつ者が参画している」と記載されています。
これらを考え合わせると、プロジェクトの予算規模に応じたIT投資の決裁権限者(意思決定権をもつ者)が、プロジェクト運営委員会のメンバとして確実に参画しているかを確認しようとしていることがわかります。
高得点のポイント
- 「予算規模に応じたIT投資の責任者」という要素を挙げていること
- その人物が「プロジェクト運営委員会のメンバとして参画している」という確認内容を論理的に記述できていること
設問2
〔本調査の計画〕(2)について,監査部が確認しようとしている具体的な内容を40字以内で述べよ。
模範解答
再構築方式を比較検討した際の評価項目に,ビジネス目標の視点があること
採点基準
- 5点: 「再構築方式の評価項目(比較検討時)」といった要素が含まれている。
- 0点: 上記の要素が含まれていない。
- 5点: 「ビジネス目標の視点(が含まれていること)」といった趣旨が論理的に構成されている。
- 0点: 上記の要素が含まれていない、または単に監査証拠や技法を述べるにとどまっている。
解説
〔本調査の計画〕(2)では、計画書がコストに関する記述中心であり、表2項番②のリスク「コストを必要以上に削減した結果,ビジネス目標に合致しないシステムになる」に対応したコントロールが適切に検討されているかを確認しようとしています。
表2項番②のコントロールには、「コスト削減だけでなく,様々な角度から評価して再構築方式を決定している」とあります。
これに関連する事実として、以下の点が挙げられます。
- 〔予備調査の結果〕(3)より、基幹系システムの再構築時には経営陣からコストの最適化を求められていたが、営業支援システムについては「対面販売を代替することができる営業支援システムの実現を早期に達成する」というビジネス目標が提示されています。
- 〔再構築計画の検討状況〕(3)より、再構築方式は「評価項目を定めて評価した上で、最適な方式を選択する」ことが定められています。
したがって、再構築方式を比較検討する際の評価項目において、コスト面だけでなく、提示されたビジネス目標の視点が含まれているかを確認する必要があります。
高得点のポイント
- 「再構築方式の評価項目(比較検討時)」を対象としていることを示していること
- 評価項目の中に「ビジネス目標の視点」が含まれていることを指摘できていること
設問2は,正答率が平均的であった。再構築方式の評価項目として,“ビジネス目標”の視点が含まれているかどうかについて問うたが,監査証拠や技法を解答するだけで,具体的な確認ポイントがない解答が散見された。監査証拠をどのような観点で確認すべきかを理解してほしい。
設問3
〔本調査の計画〕(3)について,次の(i),(ii)に答えよ。
監査部が,設計工程で顕在化すると考えた,表2中の ア に入れるべきリスクを,40字以内で述べよ。
模範解答
現行システムの要件を熟知している者がいないので,仕様を適切に確定できない。
採点基準
- 5点: 「現行システムの要件(仕様)を熟知している者(把握している者)がいない」といった状況が含まれている。
- 0点: 上記の要素が含まれていない。
- 5点: 「(設計工程において)仕様を適切に確定できない(設計できない)」という結末が示されている。
- 0点: 上記の結末が含まれていないか、設計工程における特有のリスクとして不適切である。
解説
表2項番③の設計工程におけるリスク「ア」に当てはまる内容を答える問題です。
〔本調査の計画〕(3)によると、計画書では“現行を踏襲する”機能について、要件定義書に具体的な要件を記載せず「現行どおり」と記載する計画になっています。
これに対して、〔予備調査の結果〕(1)で以下の事実が判明しています。
- 営業統括部や利用部門に、営業支援システムの業務機能の全体を把握している従業員がいない
- 開発担当ベンダは撤退し、現在の保守ベンダの保守用ドキュメントも不足している
- システム部にもシステム全体を理解している担当者がいない
つまり、社内外のどこにも現行システムの要件や仕様を熟知している者がおらず、ドキュメントもないという状況です。この状況で要件定義を「現行どおり」としてしまうと、設計工程において具体的な機能仕様を適切に確定できないというリスクが顕在化します。
高得点のポイント
- 予備調査の結果を踏まえ、「現行システムの要件を熟知している者がいない」という状況を指摘していること
- 上記の状況から、設計工程において「仕様を適切に確定できない」という結果を論理的に導き出せていること
監査部が,テスト工程のリスクを引き起こす要因として考えたことは何か。40字以内で述べよ。
模範解答
業務要件が明確でないので,要件を充足しているかどうかのテストができないこと
採点基準
- 5点: 「業務要件(あるいは現行仕様)が明確でない(確定していない)」といった原因が含まれている。
- 0点: 上記の要素が含まれていない。
- 5点: 「要件を充足しているか(正しいか)どうかのテストができない」といったテスト工程での問題が示されている。
- 0点: 上記の要素が含まれていないか、テスト工程のリスク要因として不適切である。
解説
表2項番③におけるテスト工程のリスク「テストが計画どおりに進捗せず,品質低下やスケジュール遅延を引き起こすおそれがある」の引き金となる要因を答える問題です。
〔本調査の計画〕(3)と〔予備調査の結果〕(1)から、機能について要件定義書に「現行どおり」と記載する一方で、実際には現行システムの機能を正確に把握している者が存在せず、ドキュメントも不足していることがわかっています。
テスト工程では、システムが要件定義で定められた業務要件を満たしているかを確認します。しかし、前工程で具体的な業務要件が明確になっていないため、テストの正解となる基準が存在しません。
その結果、システムが要件を充足しているかどうかのテストを実施することができず、スケジュール遅延や品質低下を引き起こす要因となります。
高得点のポイント
- 要件定義書に具体性がなく、現行機能を把握する手段もないため、「業務要件が明確でない」という原因を示せていること
- 要件が不明確なことにより、テスト工程において「要件を充足しているかどうかのテストができない」という直接的な要因を記述できていること
設問3は,正答率が平均的であった。設計工程又はテスト工程での特有のリスクではない解答も散見された。リスクを具体的に把握し,それを低減させるコントロールを検討することの重要性を理解してほしい。
設問4
〔本調査の計画〕(4)について,システム基盤に依存する事項に関して監査部が確認しようとしている内容を,35字以内で述べよ。
模範解答
セキュリティ,障害設計などの非機能要件の実現性が検討されていること
採点基準
- 5点: クラウドのシステム基盤に依存する非機能要件を具体例とともに挙げている(セキュリティ、障害設計、バックアップ・リカバリ方式、性能など。いずれかの具体例があれば満点)。
- 0点: 非機能要件に触れていない、またはソースプログラムの変換・機能面だけを述べている。
- 5点: 「(非機能要件の)実現性が検討されていること」といった確認事項として構成されている。
- 0点: 上記の要素が含まれていない。
解説
〔本調査の計画〕(4)では、リライト方式においてソースプログラムをCOBOLからJavaへ変換するツールを用いる際、「新しいシステム基盤であるクラウドサービスの機能に依存する事項の検討が十分かどうか」を確認しようとしています。
表1「再構築方式の概要」のリライト方式の説明には、「業務仕様をそのまま利用し,クラウドサービス上のシステム基盤に適合した言語に現行のソースプログラムを置き換える」とあります。
ツールの利用により業務仕様(機能要件)の変換は可能ですが、基盤がクラウドサービスに変わることで、機能要件以外の要素に影響が生じます。
具体的には、新しいシステム基盤上でシステムを安定して稼働させるために不可欠な、セキュリティや、バックアップ・リカバリなどの障害設計、性能といった非機能要件です。監査部では、これらのシステム基盤に依存する非機能要件について、実現性が十分に検討されているかを確認しようとしています。
高得点のポイント
- プログラム言語変換以外に必要となる「セキュリティ、障害設計などの非機能要件」を具体的に挙げられていること
- それら基盤に依存する非機能要件の「実現性が検討されていること」を確認内容としてまとめられていること
設問4は,正答率がやや低かった。システムが稼働する基盤が変更になることに伴い,単にプログラムを変換するだけではなく,バックアップ,リカバリなど方式の変更や,セキュリティ,性能面などの非機能要件の検討を十分に行うことの重要性について気付いてほしい。